「おい! どこ行ってた! 一週間もふらふらと……! こんなことするなんて十五年ぶりだろう、もう少しで警察に届出を出すところだったぞ!」

月明かりの下で彼に肩を強く掴まれ、ぐらぐらと身体が揺れる。特に異常は感じない。ああ、もうこの身体にも随分馴染んだのだなあ、とぼんやり考える。隣にいる医者の存在は、彼に完全に無視されている。

「説明しろ……つってもろくな答えが返ってこないのはわかってる。でも聞く。なにがあった」 「テセウスの船をどう思う?……細胞の入れ替わりは本質に関係ないというのが私の見解だ」

私の言葉を聞いた彼はいっそのことわざとらしく眉を寄せる。ああ、これは本当のことを伝えたらかんかんに怒るに決まっている。しかし、重大な変化が強制的に訪れたのは事実であり、これを隠し通すのは私の信念にそぐわない。きっと彼にとっても望まないところだろう。

「簡潔に説明する。私は隣のイカレた医者に連れ去られて手術を受けた。現在の私の身体はまがい物であり、本来の身体は医者の子どもに宛がわれた」 「……はあ?」

私が妄言を吐いているとでも思ったのだろう、彼は肩をすくめてすみませんね、こいついつもこうなんです、と事件の元凶の医者に謝った。医者はそれを遮り、いや、ルヌーさんの言っていることに間違いはない。私がすべて悪かった、と懺悔した。詳細な説明を医者から聞いているうちに、案の定彼は怒りを露わにし始めた。

「で、あんたの私利私欲でルヌーの身体を切り刻む、ってわけ」 「……そうだ」 「俺は許さないぞ」 「私はいいって言ってるんだからおまえには関係ない」 「いーやあるね。こいつの天から授かったきれいな身体を不当に盗まれて怒らない奴なんて、ルヌーお前自身だけだぞ。おいヤブ医者、さっさとルヌーの身体を返しやがれ」 「おまえの大好きな顔も、厚くなった手の皮膚も、肢体も非常に高い精度で再現してある。おまえだって言われなければ気付かなかっただろう。なら構わないだろ、ここから不老にもなれるし加齢を演算して細工することもできるんだから、むしろ得じゃないのか」 「……信っじられん。最低だおまえなんて。こっちがどれだけおまえのことを考えていようとおまえには一切響かない。どうしてこんな奴の世話焼いてるんだか」

私ははあ、と大きめのため息をついた。面倒くさい。やっぱり黙っておけばよかったかな。どうせばれるから関係ないか。私は隠し事が苦手だから。

「……ルヌーさんには本当に申し訳ないと思っている。もちろん、彼を気にかけているあなたにも。しかし私には息子しかいないんだ。あなた方に、お互いしかいないように」 「私たちはそういうんじゃないけれど。とりあえず、今日は遅いからまた後日話し合うのはどうだろう。起こってしまったことは仕方がないから、彼の考えがまとまってからまた連絡する」 「おい、俺の意思は」 「悪いが私は疲れてる。この医者のせいでもあるが眠くて眠くて仕方がない。……あー、部屋にたどり着くまでに気絶しそうだ。おぶっていってくれ……」

おい、大丈夫か?!という彼の声が遠ざかっていく。倒れないように彼の背中にもたれかかったから、きっと運んでいってくれるだろう。これから作品制作に取り掛かるまでに考えることがいっぱいあっていやだなあ、と思いながら、意識がブラックアウトしていった。